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Interview
人を知る

01
自分から離れる。そこから、見える景色がある。

堀 春菜

【教育チーム】
2013年度入社行政政策学類

地域社会を学ぶ学生から、経営コンサルタントへ。

『行政政策学類』って、ご存じですか? 地方分権やまちづくり、社会福祉といった"地域社会の発展"をテーマにした学類です。私は、そこを卒業しました。当然、卒業後は地方公務員になる学生がほとんどなのですが、私はなんとなく"経営者の方のお話が聞ける説明会"を意識して、民間企業を中心に就職活動をしていました。というのも、「せっかく説明会に参加するなら、面白い話が聞きたい!」と思って活動していると、やはり経営者の方々によるものが増えてくるんですよね。ですので、S・Yワークスに入社したきっかけも、他のどの経営者の方々より当社代表である佐藤芳直の話が面白かったからです。もちろん、コンサルティングの知識もありませんでしたし、人前で話すことが得意なわけでもなかったんですよ。
入社後、最初の一ヵ月ほどは、徹底的に"社会人のマナー"を勉強しました。お茶出しの作法から始まり、名刺交換や席次、手紙の書き方も教わりましたね。季節の挨拶を文面にしたためる機会など、学生時代にはなかったので、新鮮でした。その後、少しずつプロジェクトにも参加することに。一番最初に参加したのは、お菓子屋さんのお仕事でした。新人の私が担当したのは"調査"。コンサルティングの方向性を考えたり、商品コンセプトを立案することはまだ無理なので、とにかくデータ収集に集中したことを覚えています。膨大な数の商品情報を一つひとつ集めていくその作業は、根気との勝負。S・Yワークス恒例の"修業"ですね。

"余裕のなさ"が生んだ、二年目の失敗。

人により時期は前後しますが、私は二年目を過ぎたあたりから、自分で資料をつくったり、セミナーへ参加したりするようになりました。自分で企画したセミナーに関しては、登壇して参加者の方々の前でお話しをすることもあるんですよ。もちろん、すごく緊張します。また、若手社員の大切な仕事の一つに"報告書の作成"というものもあります。上司や先輩が決めたコンサルティングの方向性をもとに、その詳細を資料化することがその内容なのですが、これに関しては苦い思い出があります。
二年目の半ばを過ぎた当時、私が抱えていた報告書の数は"五本"。もちろん、それぞれ数十から数百ページのボリュームがあります。報告書を発表する報告会に向けてタスクをどんどんこなしていくのですが、徐々に処理できる仕事の数に自分の能力が追いつかなくなってしまい…。結局、土壇場で上司にヘルプを求め、事なきを得ました。もちろん、一人で抱え込んでしまい協力を得るタイミングを逃してしまったことが原因なのですが、それと同じくらい、自分自身の"余裕のなさ"がその状況を招いたと考えています。「マズい、どうにもできない…」と焦るばかりで、周りが見えていなかった。仕事を始めたばかりの若手社員にはよくあることだと思うのですが、やはり周囲に、そしてお客様にご迷惑をかける可能性があるので、気をつけていたいです。それからは、上司と仕事やスケジュールをこまめに共有するようにし、状況を把握しあえる仕組みをとっています。

仕事の意味を感じた、"現場の光景"。

苦い思い出のある報告書の作成業務ですが、一方で思い出深い"喜び"を与えてくれた仕事でもあります。
その際も、とあるベーカリーショップさんに向けた報告書をつくっていた私。上司が描いたコンサルティングの方向性をもとに、データや提案内容を盛り込み、資料化していきました。やがて、報告書は無事お客様のお手元に届き、コンサルティングの資料として現場で活かされることに。数ヵ月後には、私も現場へお伺いする機会を頂きました。普段、お客様先へは上司のみで行くことが多く、実際に行くことができるチャンスはあまりありません。少し緊張しながらご挨拶を済ませ、そこで目にしたものは、私が報告書でご提案していた案がかたちになっていく姿だったのです。「あの日やっていた自分の仕事が、時を経てお客様の売上を左右する存在になってるんだ」商品づくりの現場を目の前に、そんな当たり前のことを改めて実感したことを覚えています。
S・Yワークスが大切にする言葉の一つに、"自分から離れる"というものがあります。仕事をしていると、どうしても周囲が目に入らなくなる瞬間があるもの。そんな時に、自分の仕事がどんな影響を与えているのか。そのやり方は、本当に相手のためになっているのかを考えることで、見えてくるものがあるはずです。あの日ベーカリーショップさんで見た景色を忘れず、これからも"自分から離れる"意識を大切に成長していきたいですね。

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